おいしいごはん

はじめに

家庭料理のよさは、シンプルに調理して食べられることです。しかしこの頃は、だしをとらないとおいしくないとか、手をかけないとおいしくならない、と思われてしまって、料理する自由さがなくなってしまったように思います。たくさんの情報を求めすぎて、自分の足元が見えなくなってしまっていませんか。家庭料理は、料理屋の料理とは目的の方向が違うのですから、こうでなきゃいけないという決まりはなく、自由でいいんです。食べやすいように切って、好きに調味して食べていい。じゃがいもをゆでて、そこに塩、こしょうだけで、おいしくないですか?料理屋ではそれはできないから、ゆでたじゃがいもに高級食材を使ったり、油やスパイスを使ったりして料理をするのです。高級食材はたしかにおいしいですが、大根の皮だっておいしいです。大事なことは、その素材をいかす知識や知恵をもっていること。料理は、レシピの細かい部分をなぞらなくても、勘どころ」となるコツを知っておくと、自由に料理が作れるようになります。

料理は自由で楽しいもの

「新米の時期は、米の とぎ汁を捨てずにそのまま炊く」というものがありました。この話を聞いて、疑問に思っ た方もいるはずです。けれど、米のとぎ汁を捨てなきゃいけないって、誰がきめたんでし ょう。むしろ、新米だから捨てちゃもったいない。たとえば、そのとぎ汁を土鍋に入れて火にかけ、しゃぶしゃぶを作ってみてください。 まろやかになっておいしいんです。この汁で菜っ葉をゆでたりしてもいいし、これでけん ちん汁を作れば、とろみがついておかゆのようになります。また「みそ汁を煮立てるとまずくなる」ともよくいいますが、みそ煮込みうどん、もつ 煮込みなどの料理はみそを煮込んだうまさがあります。たしかに、みそを入れてから煮立 ててしまうとせっかくのみその風味がとんでしまったり、舌触りも悪くなったりしますかも、その理由がわからないでもないのですが、ただ、僕は個人的に大根やかぶのみそ 汁のグラグラ煮立てた感じも好きです。お菓子やパンは分量や温度を守らないとその通り にできませんが、料理はこれくらい自由なものでいいのです。 「料理はむずかしい」「面倒なもの」と思ってなかなか台所に立てなかったり、本に書い てあるレシピにがんじがらめになってしまったりしては残念だなって思います。作ることの楽しさ、食べることの大切さに気づいてほしいな、と思います。あと、素材には旬のおいしい時期と、そうでない時期があります。この変化があること が、じつは大事なんです。毎日単純な生活だったら、飽きますよね。「今日は新米を食べ るから、こうやって食べてみようか」と考える。そういうことを楽しめるといいなと思い ます。そういうことが生き方にも通じ、知恵にもなっていくんだと思います。

だしはとらなくてもいいです

日本料理では、かつお節や昆布からとる「だし」が主流です。なぜこれらの食材を使う のかといえば、うまみを感じやすい味が、ひじょうに短時間で抽出できるからなんです。 つまり「だし」とは、うまみのある汁、と解釈してみてください。だから家庭料理では、わざわざだしをとらなくてもいいですよ。汁にうまみがあればい いのですから。野菜を煮れば、素材からでる味にうまみはあります。白菜をひたひたの水 で煮て、やわらかくなったところでミキサーにかける、これだってうまみのある汁、つま りだしになります。牛乳や豆乳、トマトジュースにもうまみがあり、だしとして使えばい いのです。しかし残念なことにいまは情報によって、かつお節や昆布からとるものだけが正しい 「だし」と解釈されてしまい、「こうじゃなきゃいけない」という考えに支配されているように思えます。昔はみそ汁を作るために、わざわざ「だし」をとる家庭はなかったんです。どうしていんかいう、山本くん人いでうまみをだし、味が足りなければ、煮干し、昆布を直接加えてうまみを出す方法をしていました。最後に加えるみそにもうまみがありました から、それもだしになっていたわけです。100の家庭があれば、100の家庭に知恵が あり、いろいろなうまみの汁があったはずなんです。ところが昭和30年代以降、テレビ番組でだしをとる料理人のやり方を見て、一般の人も まねをするようになりました。それがあたかも正しいと思われるようになってしまったの です。また、顆粒だしのような手軽な化学調味料が売り出され、私たちは無意識のうちに その味に慣らされ、いつしかそれを使わないと物足りなさを感じるようになり、それがな いとおいしくないと思うようになってしまったんです。たとえば、白菜の漬けものを汁に入れたら、うまみと酸味がでて、それがだしになりま す。キムチ鍋なんかはまさにそれです。発酵した乳酸菌も調味料になります。日本茶にも うまみがあって、僕の店では新茶の時期、お茶のお吸いものをお出しすることもあるくら いですから。だから、かつおだしにこだわらなくてもいいんですよ、と僕はいいたいのです。

うますぎる味って、じつはまずい

おいしいだしも、うまみが多すぎるとおいしくないんです。 口の中で、うまみの要素は5つしか味わえないはずなのに、20個入ってきたらどうなり ますか。複雑すぎて、逆に味なんか感じられなくなります。過剰なうまさが、じつはまず くしているのです。外食チェーン店の料理、インスタント食品、スナック菓子など濃すぎる味のものを食べる機会が増え、味がわからなくなってきているという状況が起きています。そこで、一度リセットして自分の舌でおいしいと感じる程度の味にしてみてはどうです か。以前、そんな話をしていると「うまいと感じる味の目安は、なにかありますか?」と質 問されました。味の感度は人によって違うから、むずかしいですね。僕の場合、お吸いものなどの汁ものを飲むとき、のどをスッと違和感なく通っていくも のが、「ああ、うまいな」と感じます。”じゅわー。とくるのは違いますね。じつは生理食風水を一層感じるのは、古ではなくのと、味は古で感じるといわれますが、楽 外はいろいろな味でマヒしますから、僕はのどで味をみます。あるとき、和食屋での食事会でお吸いものが出てきました。ひと口飲んで明らかにのど が重い。そばにあったお茶を椀に注ぎました。一緒にいた友人が見ていたので、「薄める とちょうどいい味になるよ」と同じようにお茶を注いであげると、ほんとだねと驚いてい ました。「これは味が濃すぎるからまずいんだな、薄めればいい」っていうことが自分の 舌でわかるようになればいいんです。いいものほど、その味わいはすごく軽いです。魚だって鮮度がよければすっと食べられ ます。時間がたつと、口に残る味がでてくる。野菜なども時間がたつとえぐみや渋みの成 分が少しずつでてきて、うまくても舌に残ります。ケーキだって生クリームの質のいいものはスッと軽く、胃がもたれませんね。その一方 で、うまいんだけど重くてドシッとくる、胸やけする。これは質がよくないことを体が証 明し、警鐘を鳴らしているわけです。違和感のないおいしさ、この感覚を体で覚えていく といいです。

おいしさのポイントは、 香りです

誰にも経験があると思いますが、風邪をひいて鼻が詰まっているときは、何を食べてもおいしくないですよね。何を食べても同じように思えてしまう。これはにおいを感じられないから。ふだん意識しませんが、香りはとても大事なものです。舌で味を感じる以外に も、鼻から抜ける心地よい余韻があるからこそ、おいしく食べられます。ちなみにお吸いものは、お椀のふたがあるからおいしいと感じるのです。ふたを開けた 瞬間、ぱあっと香りが広がる、あれが大事なんです。ワインもワイングラスで香りをかぎ ながら飲むからおいしさを感じる。試しに同じワインをコップで飲んでみてください。味 気ないですよ。あと、日本酒をワイングラスで飲むと甘くなる。盃で味わうとサラサラと した味になる。それくらい香りは味に影響するものです。そこで、料理をおいしく食べようと工夫するなら、風合いのあるものを加えるのがュッ です。ねぎや青じそ、ゆずなどが加わると、味の印象ががらりと変わります。 僕が「料理の原点は家庭料理にある」というのは、作りたてが食べられること。素材の風合いがあって、余韻が残る。だから作りたてで食べる料理には、そんなにまずいものいないんです。では料理屋のおいしさは何かといえば、調味料のおいしさを強調するものです。お店では、いっぺんにたくさんの料理を作れないので、あらかじめ仕込んでおく。和食なんかは とくに作りおきの文化です。作りおきにすると素材の余韻がなくなる。だから、近頃は僕 らも家庭料理を意識して、素材の風合いを残すために、お吸いものなどは料理を出す直前 にだしをとってお出しするとか、そういうふうに変えていっています。

素材の味を知ることが、 味を作れるようになる第一歩

どんな素材も、そのものの味があるからおいしいんです。子どもの時分、僕は甘いもの に興味がなく、よく凍み餅を食べていました。なにもつけず、そのまま。最初はかたくて 味気ない、かんでいるうちに唾液と混じり合い、甘くなっていく。そんな素朴なものを口 にしていたことが、味覚を発達させたのかなとも思います。僕が料理をするときは、目の前の素材を生のまま、あるいは火を通しただけの状態で食 べてみます。甘いか、苦いか、味が濃いか、薄いか。食べると、どれくらいの調味料を加 えて仕上げればいいか、そんなことがおおよそわかります。最初から素材がだめなものは、残念ですがどんなことをしてもおいしくなりません。ま た新鮮なものを調理するときは、味を濃くしなくてもおいしく食べられます。僕はふだんからゆでた野菜を食べています。キャベツのようなものは生で食べるより、 ゆでて熱を通すと甘みが出てきます。すると何もつけず、その甘みだけで充分においしく 食べられるということに気づきます。ここにマヨネーズをつけたりすると、マヨネーズの味が強すぎて、素材の味は消えてしまいます。 ときには、調味料を使わない食事をしてみるのもいいでしょう。素材本来の味を探して みてください。そんな素材の味を楽しむ食事を続けていると味覚が敏感になり、濃厚な味つけの料理に疑問を抱くようになってくると思います。

おいしい料理の秘訣は

料理をおいしいといわれるためには、やはり、素材を見る目がどうしても大事になって きます。そして料理を作るときに一番大事なことは高価な素材を使うことではなく、「考 えること」だと思っています。「どうやったらおいしくなるか」ということを考えていくと、 結局、素材をいかすことにつながるんです。 さきほどの話と重なりますが、つまり、その素材の味をよく知っていることが大事になります。たとえば春の山菜があります。ふきのとう、うど、わらび、これらの苦みは合わせて食 べるとうまみに変わるということがあります。化学的な物質の苦みというのは、ひとつし かありませんが、同じ苦みでも、木の芽の苦み、ふきのとうの苦み、うどの苦み、わらび の苦み、全部違います。だからうどを木の芽みそであえても、苦くはないはずです。カリフラワーと大根、小松菜、かぶはいずれも同じ酵素をもつ仲間で、調理する温度に 気をつけることで、持ち味を引き出すことができます。春菊は高温で加熱を続けると苦みがでてきてしまいます。

きのこも高温だと苦味が出るので、60℃~80℃の低温でゆっくり火を通すようにします。 これらは日々の経験を通して僕が身につけてきたことです。「こういう場合は、こうすれ ばいい」とその過程を自分の中にインプットし、だんだんと料理が作れるようになってい くものですから、台所に立つ経験を増やしていけば、みなさんも次第にわかっていくよう になると思います。いろいろなことを試して知っていくと、そこからまた料理のおもしろさに気づいて、どんどん深くなっていくわけです。知識だけを頭に詰め込むのではなく、経験したことを積み重ねていけばいいくらいの気持ちで楽しんでください。

時代が変われば料理も変わる

情報に踊らされず、食べることの 本質を考えましょう。 私たちは情報というものに対し、あまり疑うこ ともせず、わりとよく信じてしまっていません か。何々が体の何に効くと紹介されれば、その 食材を買い求めようと走ったり。なぜそうなる のか、その情報の裏側には何があるのかを、と きどき考えてみてください。それと栄養補給を サプリメントでするより、食材から栄養をとっ たほうが僕はいいと思っています。サプリメン トはその栄養素に限られますが、食材であれば ビタミン、ミネラルなど複数の栄養素が摂取で き、体により吸収されやすくなるのです。

調味料の「さしすせそ」とは

さは「砂糖」、しは「塩」、すは「酢」、せは「しょうゆ」、そは「みそ」のことで、人に 伝えるときに覚えやすいように、語呂合わせ的にいったのではないかと思います。この順 で調味料を加えると味がきまる、とはよく聞きますが、なんでもその順序で入れていけばいいわけでもありません。どの状況においてそうなのか、ということなんです。砂糖は塩より分子が大きいために、 塩が先に素材に入ってしまう。だから、砂糖の分子が素材に浸透しないのです。でも厳密 にいうと、何パーセントの濃度で素材に味がしみ込みにくくなるのか。そういうこともわ からないと……、とも思うわけです。 「さしすせそ」の順番通りに入れるのは、味がしみ込みにくい素材のものや、香りがとび やすい調味料(しょうゆなど)の風味を活かしたいとき、品よく(見ため)仕上げたいときなどです。調味料を入れる順番には、このような理由がありますが、むずかしくとってしまうと、 それはプロの領域の話であって、家庭ではそのレベルまでこだわる必要はないと思います。たとえば体操の内村選手、白井選手のれべるに、一般の素人がそこまでいくりゆうがあるのかっていうことなんです。だから、あまり気にせずに調味料を合わせて一気に入れるくらいの感覚で、僕はいいと思うのです。ついでに調味料の選び方についてのお話をしましょう。調味料は品質のよいものを使うことに越したことはありませんが、スーパーなどで手に入る手頃な値段のもので充分です。 その場合、原材料名表示を確認し、大豆、小麦、食塩以外で、あまりなじみのない材料が 使われているようであれば、それは避けたほうがいいでしょう。 日本酒やみりんは、飲んでおいしいと思うものを使ってください。料理酒、みりん風調 味料がありますが、うまみ成分が違うのでおすすめではありません。酢は、米酢、穀物酢などが料理に使われますが、僕は和洋問わず、クセがない穀物酢を よく使います。というのは米酢はうまみが強いために、味が少しくどく、香りも強いとい う理由からです。穀物酢はすっきりとした味に仕上がります。あくまで調味料は素材の味を引き立ててサポートするもので、調味料によって料理の味 が左右されるなら、それは調味料の使いすぎかもしれません。これを使えばおいしくなる というのは、ビジネスにのせられてしまっているのかもしれないという考え方もできます よね。理にかなっている調理をすれば、調味料は少なくていいものなんです。

昆布にはうまみを調和させる 力があります

僕はうまみを加える素材として昆布を加えることがよくあります。前の晩から水につけ て昆布だしをとってもいいのですが、その場で鍋に入れ、一緒に加熱していきます。肉、魚、 野菜などさまざまな素材がありますが、どんなものからもでるうまみを調和させるような、 懐深い優れた力を、昆布は持っているように感じています。昆布には利尻昆布、日高昆布、羅臼昆布、真昆布など、いくつかの種類があります。ど れがいいのかは好みです。同じ海でとれたものでも味がよく出るものと、出ないものがあ って、これは実際に使ってみないとわかりません。そして現在、流通している昆布は天然物が1割程度、ほかは養殖物です。うちの店では、 味がいい、うまみが多い、煮溶けないなどの理由で天然物を使っています。養殖物と比べ れば高価ですが、高いけど高くない。おかしな日本語ですけど、品質のいい昆布を使うと うまみがよくでるので、使うのは少量ですみます。たくさん入れれば、それだけおいしく なると思うかもしれませんが、それは無駄になってしまいます。ただし、養殖の昆布でもうよみがでないわけではありません。天然物に比べでの話です。プロでも普通に使ってい ますから。まずは使ってみてうまみが出る昆布なのか味わってみましょう。案外、ヨード の味をうまみと勘違いしている場合もあります。高価であっても使い終わった昆布は刻んでポン酢につけておくとコリコリと歯ごたえが よくなり、ゆでた野菜とあえたりするとむだなく楽しめます。ついでにいうと、だしをと った削り節もポン酢に浸して使ってもいいです。

良質な昆布の見分け方

きちんとのされているものは色もよくていねいに扱われていてまちがいありません。粗 雑でないという意味で、質がいい昆布といえます。高価でなくても、形がよくなくてもう まみのでる昆布はありますが、まずは使ってみることをおすすめします。信用できるお店で相談しながら買い求めるとよいでしょう。良質な昆布を使ってとっただしは、昆布臭さがなく、香りもすっきりしています。

水は素材の味をじゃましない

僕の田舎では名水100選の地図が作れるほど、おいしい山の清水』があちこちから 湧き出ています。ただ、あたりまえの環境すぎて、子どもの頃、水のありがたさなんてち っともわかりませんでした。日本の水はやわらかく、これといった味の特徴がないですか ら、いくら飲んでも飽きず、体も疲れません。無理のない味だからいいわけで、これはだ しにも通じることです。濃すぎるだしはインパクトがあっておいしいと錯覚しがちですが、 じつは体が疲れる。味はバランスが大切で、やりすぎないおいしさが大事なんです。そこで思い当たる料理が、水飯です。僕は炊きたてのごはんのうまさに勝るものはない と思っていますが、これは別。炊きあがったごはんを水で洗い、冷水をかけて食べます。 お茶漬けとはまるで違う、ごはんそのものの味が水だから楽しめます。水で急激に冷やす ことがポイントで、米の甘さが際立ちます。ふだんのごはんとは違う、まさにやりすぎな いおいしさです。調味料を入れないので水の味がでます。水道水ではなく、ここではミネラルウォーターを用意してください。客人を呼んで御馳走する場合はその客人に関係のある産地の水を用意すると、話題作りにもなりますよ。 水は味があって味がない。日頃、あたりまえすぎて気づかない存在ですが、水は料理するうえで、だし以上に大事なもの、そんなことにも気づかされるのではないかと思います。

白米のおいしさは、水を使って炊くからこその味わい

水こそ偉大! ストレートに味を引き出す

和食の文化は、日本の軟水という水の存在がなければ成立しなかったでしょう。軟水は 口当たりがやわらかく、素材のうまみ成分を引き出しやすいのが特徴です。風味豊かなか つおだしがとれるのは軟水だから。また、ふっくらとおいしいごはんが味わえるのも軟水 で炊くから。煎茶の渋みをおいしく感じるのも、軟水で淹れるからです。もし、カルシウ ムを含むかたい味の硬水であったなら、淡い味わいの料理は適しないので、まるで違う料 理文化になっていたはずです。ちなみに硬水は、肉などが入る洋風の煮込みに適している といわれています。僕はいたるところで「だしは少なくてよい、素材にうまみがあれば水で充分」といって います。素材には味があり、その味をじゃましないためには水を使うのが一番いいからです。とはいいつつも、だしが肝心な料理もあります。茶碗蒸しやだし巻き卵などがそれにあ たります。ふわふわとやわらかくてジューシーなだし巻き卵、みなさん大好きですよね。

僕も好きです。でもそれ以上に好きなのは、「だしなし巻き卵」。だしではなく、水を加えて焼くので、卵本来の味が楽しめ、すっきりとしています。じつはかつおだしは、イノシン酸を主成分とした動物性たんぱく質で、完全なるうまみ。それを卵に加えたら、淡くやさしい味わいをもつ卵の味は隠れてしまいます。だから卵の味を楽しむには、だしよりむしろ水のほうが適していると思うのです。

そんなに卵の味を楽しみたいなら、むしろ何も入れないのが一番いいんじゃないかって思う人もいるかもしれませんね。わざわざ水を加えるメリットは、卵がふっくらとして口当たりがやさしくなるからです。まさに素材の持つ味わいを、水が最大限にいかしてくれているわけです。

うまかったら水で薄める

トマトジュース、豆乳、牛乳にもうまみがあるので、これらを利用することで料理はもっと広がると僕は思っています。ただ、これらはこのまま使うと濃度が濃すぎるので、水で割って使うのがコツです。だしとして使うときは、2倍の水で薄めると適度な濃度にな って味もすっきりとします。試しに成分無調整の豆乳があれば、まずはそのままストレートで飲んでみてください。 次に豆乳の2倍の水を加えて薄めた状態で飲んでみてください。ストレートではあまり感 じなかった豆乳の甘みや苦みが、薄めることによってわかりやすくなると思います。

半加工をおいしく食べるコツ

前述の話の続きで、ではどんなふうにすれば、半加工のものをおいしく食べられるか、ポイントとなることをお話しします。風合いがでるものを加えるといいです。長ねぎを入れたり、青じそを入れたり、しょう がを刻んだり、おろしたり、これだけで違ってきます。また、半加工のものは野菜が足り ないものが多いので、野菜を足して食べる。さっと火を通すだけで食べられるもの、そう いう野菜を組み合わせれば栄養のバランスもよくなるでしょう。たとえば、きんぴらごぼうを買ってきたら、セロリみたいなものをスライスして炒め、 そこに加えてみる。無機質だった茶色いきんぴらに、セロリの緑を入れてみたら食欲がわ くし、味も食感も格段によくなります。それにちょっと料理をした気分にもなりませんか。この頃は厚揚げもやわらかいソフトタイプのものが出ているので、そのまま焼いておろししょうがで食べればおいしく食べられます。煮た大根に、買ってきたがんもを加えてみて もいい。あるいは大根を煮る時間がないなら、早く煮えるかぶにしてみても。料理が苦手でも、そんなことから料理をはじめてみるといいかもしれません。

手間をかけずとも、 食卓でおいしく楽しめるもの

食卓の上だけで、おいしく食べられるものはいっぱいあります。 僕はひと口汁かけと称し、れんげに炊きたてごはんを少しのせ、そこにみそ汁をすくっ て食べます。ご飯が汁を吸わないうちに食べるので、さらっと品よくいただけます。あるいは、焼きたてのさんまを食べるとき、熱いうちにしょうゆをたらすとじゅっと音 がするはずです。その瞬間に箸で身を抑えます。さんまの脂がしょうゆにしみでて、そこ に細かく刻んだねぎを加え、ごはんにのせて食べてみてください。身としょうゆをおひた しと合わせて食べるのもいいです。脂がおいしい青魚ならではの楽しみ方です。また、野菜の天ぷらをごはんにのせ、しょうゆをかけただけのおいしさも、ありだな って思います。適度な油っけが混じるしょうゆをごはん粒にからませて食べる。しょう。 は凝縮されたうまみであり、そもそもがおいしいので、かけすぎなければいいんです。かつお節もカンナで削りたてのものはとても風味がよく、これを炊きたてのごはんにの せ、刻んだねぎとしょうゆを少したらす。いわゆる猫まんまですが、食べ方によって究極の 贅沢めしに。おいしく食べる、とっておきの方法を自分で探求していくのも楽しいものです。

おいしく食べて、よく生きる

「食べ物で人の性格は変わる」と僕は思っているんです。食べ物がおいしいと思えることは、幸せだからそう思える。もし人ともめごとがあると き、おいしいものを食べていて、おいしいと感じますか。また、胃に負担をかけるものばかり食べていたら胃もたれするし、体も疲れる。おのず とそれが顔の表情にも表れます。そんな雰囲気を醸し出していたら人は近寄ってきますか。 ニュニュとした笑顔やおだやかな表情は、消化のいいものを食べていないとできません。 それくらい食べることは体に影響するものだと思うのです。だから、栄養バランスのとれ た食事をしましょう、といいたいわけではありません。僕は、おいしいごはんと具沢山の みそ汁さえ食べていれば大丈夫というくらいの考えですから。昔の人は腹八分目といって食べすぎをよしとはしませんでした。胃に負担がかかるのと、 お腹がいっぱいだと動けませんからね。おいしく食べるということは、よく生きるという ことにもつながっていきます。お金を出せばなんでも食べられる時代だからこそ、食べることをおろそかにしないでください。

おひたし、あえもの のことを考える。

「味の道」を作り、野菜のおいしさを引きだす

「おひたし」というくらいですから、浸した汁でゆで野菜を食べるのが理想ですね。でも、 ゆでたてのほうれん草におかかをかけ、しょうゆをたらりとかけて食べてもいいと思うん です。あの甘さの中に、しょうゆの塩けとおかかの風味。「ぜったい、おいしいから」と、 僕は人におすすめしています。「料理人がそんな食べ方をするんですか」と驚く人もいま すが、おかかはだしをとる素で、味の要素は同じ。 「しょっぱい?」それは、しょうゆのかけすぎですね。和食は、本来口内調味といって、 口の中で合わせて食べるという食べ方があります。ごはんを梅干しで食べるのも口内調味です。で、だしに浸すから、おひたしと呼ばれるわけですが、いつも僕がいいますけど、料理はこうじゃなきゃいけないという決まりはありません。料理屋ではだし汁に浸してお出ししますけど、まねをする必要はないです。レシピには、そうする理由が必ずあって、その 理由に応じて、今度は自分なりにどうおいしく食べていくかと考えることが大事なんだと 思っています。参考程度くらいで、その通りに作らなくてもいいんです。では、あえものにする場合のコツをお話ししましょう。ごまあえ、白あえなどがありま すが、あえごろもと合わせる前に、しょうゆで下味をつけることで味わいが違ってきます。 加えるしょうゆは、ほんの少しずつ、入れすぎてしまうと修正がききませんから。そしてあえごろもであえる場合は、下味がついた素材を一度ぎゅっと絞ってからあえま しょう。水っぽいと料理はまずく感じます。この下味がついていることで、味の道ができ、 あえものにしたとき味がのります。化粧するとき、肌に直接ファンデーションをつけない でしょ。下地を塗り、その上にファンデーションをつける、これと同じことです。あえるを漢字で書くと「和える」。つまり味の調和、バランスがとれていることが大事 なんです。

ごはんもののことを考える

しっかり吸水、蒸す、ほぐす お米からごはんになる変身の支度が必要

まずは、ごはんが炊ける仕組みをご説明します。僕は「ごはんは仮面ライダーと一緒で、 急にごはんにはならない」といっています。変身するために、その支度をする時間が必要 になるのです。というのは、お米は乾物なので、洗ったあとにたっぷり吸水させないと加 熱してもでんぷんが完全にアルファ化(糊化)しません。そして米のでんぷんは90以上 で20分以上加熱しないと、やわらかなごはんにはならないわけです。ふだん炊飯器まかせ だと、スイッチひとつで自動的に炊きあがり、そういうことをあまり考えたこともないで すよね。土鍋での炊き方は次のページでご説明しますが、炊飯器で炊く場合も、じつはお いしく炊くコツがあります。それは早炊きモードで炊くこと。そして水の分量は米と同量 程度がいいとされますが、少し少なめにしたほうがおいしく炊きあがります(食感には個 人差がありますが……)。炊飯器の目盛りを目安にするとやわらかめに炊ける傾向にあり、 米と同量9分目弱くらいと覚えておけばいいです。炊き炊きあがったら5分ほど蒸らし(炊飯器によっては蒸らし機能がついている場合も あります)、終えたらすぐにしゃもじで上下に返し、空気にふれさせましょう。ここでス イッチを切り、そのままふたをせず、乾燥しないようにかたく絞ったぬれ布巾をかけてお きます。もしくはバットに移して広げ、ぬれ布巾をかけておきましょう。炊飯器に入れて 保温状態のままにしておくと、味がどんどん落ちてしまいます。冷めたら電子レンジで温 めなおして食べるほうがおいしく食べられます。おひつがあれば、そちらに移すのもいい でしょう。余分な水分を吸って乾燥も防ぎ、冷めてもおいしく食べられます。

アルファ化(糊化) お米のでんぷん(ベーター でんぷん)に水を加えて加 熱すると、でんぷんはほぐ されて隙間ができます。こ れがアルファ化で、粘りが でておいしく感じるように なります。

煮もののことを考える

素材をおいしく煮るためにだしはいらない

おいしいおでんや煮もののほめ言葉として「だしの味がよくしみている」という表現を しますね。僕は疑問に思っていて、味つけのことを説明するときに僕は「おでんの大根は、 大根の味を残すように」といいます。素材の味が感じられないくらいに、だしのうまみが 強かったり、調味料の味が濃いものであったりしては、せっかくの料理が残念なものにな ってしまうと思っているからです。僕が作るふろふき大根は、昆布1枚とわずかな調味料 を入れて煮ただけ。素材のもつ味を、ダイレクトに感じられるようにしています。「素材の味がする」ように煮るには、味つけだけでなく、煮る時間にも意識を向けてくだ さい。煮すぎるとぐずぐずになって何を食べているのかわからない、本来の食感も失われ てしまいますから。さといもの煮物はほっくり、かぶの煮ものはさっくり食べたいですよ ね。ひとつの素材を煮る煮ものであれば煮やすいでしょう。では、肉じゃがや筑前煮など、具材の種類が多く入るものはどうすればいいか。肉じゃ がの肉がパサパサ、筑前煮の鶏肉がカスカスになってしまっていませんか。それは、肉のうまみがでるからと、最初に入れて煮てしまい、煮すぎてしまった状態なんです。おいし く作るには、火の通りにくいものから煮ていけばいいだけのことです。肉と野菜では火が通る時間が違うので、同じ時間だけ加熱したら、野菜に火が通る頃に は、肉には火が入りすぎてしまっています。素材のピークのおいしさを、できあがりで揃 えるためには、肉はあとから入れればいいだけのことです。言葉で説明すると簡単ですが、そのタイミングを見極めるのは、最初はむずかしいかも しれませんね。煮すぎないために、途中で取り出すという方法もありますが、やはりこう いうものは、くり返し作るうちにタイミングやュッがつかめるようになってくるものです。 料理に限らず、ものごとは経験が多いほどうまくなっていくわけで、「母の味」 にかなわな いのは、豊富な経験値のなかで作られる味だから、ということなんでしょうね。

炒めもののことを考える

油をまとわせて素材に味をからめる

炒めるというのは加熱しながら油をかえし、素材のまわりに味をからませることです。なぜ味がからむのかというと油があるからです。ドレッシングに油を使う理由はそこで、水だと野菜から流れ落ちてしまいます。油をまとわせていることで調味料がからみやすく なり、これを加熱という方法で調理するのが炒めものです。では火加減はどうするべきか。中華料理では強火で、素材から水分が出る前に手早く、 短時間で炒めるというのが基本です。野菜炒めのようなものは、高温で短時間のうちに加 熱することが一番のポイントで、水分やビタミンなどの栄養素も失われにくくなります。 とあるテレビ番組で野菜炒めをテーマにした回があり、そこでは弱火で時間をかけて炒め なさいと紹介されていました。弱火で、出てきた水分を蒸発させながら炒めればベタッとならないというものでした。僕は素材によって、いろいろな炒め方があると思っています。短時間で加熱するのか、 長く加熱するのかは素材によって違うし、どう味をからめるのか、でも違います。たとえばきんぴらは薄く切れば野菜炒めと同じ感覚で炒められますが、厚く切ればそういうわけ にはいきません。ケースバイケースですね。ただ、いずれの方法でもフライパンの大きさ に対しての食材の分量は注意してください。多すぎると油がまわらずうまく作れません。味つけは油で味が感じにくくなるので、少し濃いめのほうがおいしく感じられます。じ つは和食では炒めるというカテゴリーはなく、ここで紹介する大根と豚肉の炒め物、きん びらなども、炒めてから味をからませるので「炒め煮」という いい方をしています。

おわりに

お金さえ出せば、お腹を満たすことができる時代になり、自分で料理をするのが面倒、苦痛だと感じている人も多いと聞きます。

実際、料理を作ったことがない人は、はじめは苦痛かもしれません。

走ったことがない人が、長距離走るのを苦痛だと感じるように。

でもその苦痛が、走っているうちにだんだんと風を感じて楽しくなったり、

ものを考えられたり、慣れることで苦痛じゃなくなっていくこともあると思います。

自分の中に、その楽しさを見つけていけば、好きになっていくんじゃないですか。 料理もくり返し作っていくうちに

自分なりのコッをつかみ、手際もよくなっていくものです。

料理はとても簡単なものなんです。

素材の味があるので、ゆでただけ、炒めただけでもいいのです。

むずかしく考えず、毎日続けていくことが大事です。

手抜きという言葉を使うのは適切ではないかもしれませんが、

手抜きは手作りをしてきた経験上でしかできないことで、

知っていて手抜きをするのはいい。

何も知らないところからやろうとすることに無理が生じてくるのです。

食べるということは、生きるということです。

食べることを無視して、ほかのことをしてしまうと、その先がありません。

もし病気になったらどうしますか。

要するに体が健康だったら、生きていける。

「自分の体を財産」に、よりよく生きるために、

食べることをどうぞ、おろそかにしないでください。

自分で作らなくても食べることに困らない時代ですが、

その便利さに慣れてしまうことの怖さがあることも、わかっていてほしいです。

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